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神々の古代都市、テオティワカン(メキシコ)

投稿日:2016年6月30日 更新日:

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古代都市テオティワカンはメキシコシティ北東約50キロに位置していている

紀元前2世紀から6世紀まで繁栄した、テオティワカン文明の中心となった巨大な宗教都市遺跡。

ここには、メソアメリカ先住民が建造した、世界で3番目に大きいピラミッドといわれる

太陽のピラミッドや月のピラミッド、ケツアルコアトル神殿などの

巨大な宗教的建造物から構成されています。

テオティワカンの遺跡は、その中央をほぼ南北四キロにわたって走る

「死者の大通り」沿いに、「太陽のピラミッド」「月のピラミッド」「城塞」といった

巨大なピラミッドや神殿群が無数に立ち並ぶ実に壮大なものである。

テオティワカンの主な建造物

・太陽のピラミッド
・月のピラミッド
・死者の大通り
・ケツァルコアトルの神殿
・ケツァルパパロトルの宮殿

「神が集う場所」テオティワカンの名前の意味

テオティワカン文明の中心となったこの巨大な都市テオティワカンは、

紀元前2世紀から6世紀までの間だけ存在した、当時のアメリカ大陸では最大規模を誇った宗教都市。

突然文明が滅びて放棄されていたこの都市を14世紀に発見したアステカの人々は、

あまりのスケールの大きさに人の手による建造物だとは信じられず、

「神が集う場所」という意味を持つテオティワカンという名をつけました。

テオティワカンの死者の大通りは地震計測器?

雄大にして見事な[死者の大通り」の呼び名は、

アステカ人が最初にこの遺跡を発見したとき、両サイドに小山が幾つか並んでおり、

それを墓と勘違いしたためにつけたものである。

「死者の大通り」は道路ではなく、水が一杯に溜められたプールが

何段か連なった水路だったという説もある。

テオティワカンの城塞

遺跡のゲートは幾つかあるが、ほとんどの観光客が使うのは、

メキシコ・シティーへの道路のちょうど入り口にある「城塞」前のゲートからである。

ゲートをまっすぐ進むとアステカ人が「死者の大通り」と名付けた

40メートルもの幅を持つ通りに出る。

これを横切ると急な階段があり降りるとそこは広大な広場になっており、周囲が高い壁で囲まれている。

この巨大な空間をスペイン人は「城塞」と名付けたが、実際に城塞であった証拠はなにもない。

テオティワカンのケツァルコアトルの神殿

城塞の中を西に進むと、2つの基壇の先にケツァルコアトルのピラミッドが見えてくる。

この神殿はメソアメリカの中でも最も保存状態の良い考古学的記念碑で

カラフルな塗料の跡が未だに残っている。

というのは、1960年代までその多くが小山の中に埋もれており、

発掘されてからまだ日が浅いためである。

テオティワカンのケツァルパパトルの宮殿

「ケツァルパパトルの宮殿」はテオティワカンの住民自らの手で破棄され焼かれていたものを、

1962年以降の発掘調査時に復元している。

その中庭には、頭が鳥(ケツァル)で、胴が蝶(パパトル)になった聖獣が

柱に浮き彫りされており、聖獣の目には黒曜石がはめ込まれている。

テオティワカンのジャガーの宮殿

「ジャガーの宮殿」は発掘が新しいためか、内部に未だ鮮やかな壁画や彫像が残っており、

ネコ科動物の壁画が数多く見られる。

羽毛の頭飾りをかぶった天空のピューマが星のシンボルの前で、

羽根飾りがあるホラ貝を吹いている。

ホラ貝は冬至を象徴している。

テオティワカンの月のピラミッド

「月のピラミッド」は4層からなる基壇の積み重ねで出来ている。

「太陽のピラミッド」と同様に斜面の中央部にある階段には手すりがついており、

降りるときには手すりにつかまらないと恐怖感を感じる。

頂上に立って南の方向を眺めると、巨大なテオティワカンの遺跡の全体像が一望でき、

都市計画の見事さが実感できる。

この壮大な神殿都市はあまりに整然としすぎていて、古代の都市遺跡とは思えない雰囲気がある。

テオティワカンの太陽のピラミッド

頂上まで248段の巨大なピラミッドの頂上には、

かつて神殿が立っていたと推定されている。

年に2回、太陽が天頂点に達した時、

ちょうどピラミッドの真上にくるように、

また、夕刻には真正面に沈んでいくように設計されているが、

これは、テオティワカン人の文明の高さと太陽崇拝の宗教観を示している。

テオティワカンの生贄の儀式

テオティワカンのピラミッドの上に築かれた神殿では宗教的な儀式がおこなわれていた。

儀式では人間の首を切り落とし、流れ出る血を体に塗りながら、生贄を太陽に捧げたらしい。

月のピラミッドからは切り落とされた頭蓋骨、腕を後ろ手に縛られた首のない胴体が発掘されていた。

生贄の儀式の背景には、太陽の日蝕に対する畏怖の念があり、

儀式によって太陽の恵みを維持しようと考えていたようだ。

テオティワカンの貿易はさかんだった

テオティワカンは、メソアメリカの広範囲の地方と交易を行っていたようだ。

テオティワカンからは様々な地方で使われていた土器が出土しているし、

テオティワカンに特徴的な土器がグアテマラなどからも発見されている。

また、グアテマラでしか採れないヒスイを用いた装飾品が

テオティワカンから発見されているなど交易の中心となっていたようだ。

テオティワカンは黒曜石で豊かだった?

宝石として、あるいは武器や調理用具として貴重だった黒曜石を

よく産出するこの地をおさえることで、

テオティワカンは莫大な富を集めることに成功した。

テオティワカンが突然姿を消した理由

ところが7世紀、突如としてテオティワカンは姿を消す。

これほどの隆盛を誇ったテオティワカンだが、わずか100年ほどの間に

完全にゴーストタウンと化してしまう。

その理由については、他民族による侵略説、神官と貴族の対立説、

飢饉説などが提出されているが、いずれも確定されるには至っていない。

遺跡には、組織的に計画された放火によるものと思われる大火災の跡が発見されているが、

その年代や理由までを正確に推測するのは残念ながら不可能。

テオティワカンのアクセス方法

テオティワカンはメキシコシティからのアクセスが簡単である。

メキシコシティの旅行会社によるガイド付きの見学ツアーも多く実施されている。

個人でも直行バスを使えば日帰りで見学できる。

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