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ルネッサンスの屋外博物館!フォレンツェ歴史地区(イタリア)

投稿日:2016年7月1日 更新日:

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フィレンツェ歴史地区の概要

フィレンツェ歴史地区はイタリアの都市フィレンツェの中心部。

ユネスコの世界遺産に登録されている。

歴史的な町並みが広範囲かつ集中的に保存されており、

ルネッサンスの芸術、文化を眼前にみることができる。

フィレンツェは屋根のない博物館とも表されるほど、稀有な建築物や彫刻などの芸術作品が残る。

ルネッサンスのシンボルともいえるフィレンツェの街は、メディチ家統治の下、

15〜16世紀に経済・文化的繁栄を謳歌していました。

13世紀のサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂やサンタ・クローチェ教会、

ウッフィッツィ美術館、ピッティ宮殿、またジオット、ブルネッレスキ、

ボッティチェッリ、ミケランジェロといった大芸術家達の貴重な名作の数々は

600年の時を経て今なおこの街に残されています。

フィレンツェの繁栄とメディチ家

フィレンツェはローマ帝国の殖民都市として作られた街でした。

12世紀には自治都市となり、13世紀には共和制国家となりました。

その後16世紀までフィレンツェ共和国は繁栄をつづけ、この時期がルネサンス全盛期となります。

このフィレンツェの繁栄と切っても切れない関係にあったのが、メディチ家です。

14世紀、もともと銀行業を営んでいたコジモ・デ・メディチは、

その権力によって政治を支配し、文化の振興にも尽力しました。

公立図書館を設立したり研究者や芸術家たちを庇護した功績は非常に大きく、

「祖国の父」と呼ばれているほどです。

ルネサンス文化の礎を築いた人物だといっても過言ではないでしょう。

コジモの死後も、メディチ家の人々は代々にわたって政治と文化に深くかかわり、

現在フィレンツェに残されている美術品の多くも、メディチ家によるコレクションを引き継いだものです。

フィレンツェ歴史地区のサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂

「花の聖母マリア」の意味を持つ大聖堂。

イタリアにおけるゴシック建築および初期のルネサンス建築を代表するもので、

フィレンツェのシンボルとなっている。

140年以上の歳月をかけて建設されたため、

ゴシック・初期ルネサンス・ネオ・ゴシックの各様式が混在している。

石積み建築のドームとしては現在でも世界最大である。

大聖堂の広場をへだてた東側には付属の美術館があり、教会の宝物や、

かつて外部をかざっていた美術品がおさめられている。

ルネッサンスの粋を極めた中心的な教会には、

ジョットの鐘楼、礼拝堂、クーポラなど見どころ十分。

フィレンツェ歴史地区のヴェッキオ宮殿

14世紀の始めにフィレンツェの政庁舎として建築され、

一時、メディチ家もピッティ宮殿へ移るまでここを住居としていた。

現在は市庁舎として使用されている。

3層の石造建物で塔の高さは94mある。

「500人大広間」の壁画をミケランジェロとダ・ビンチが競作したエピソードで有名。

宮殿前のシニョリーア広場は、中世のフィレンツェの政治の中心であった。

ジロラモ・サヴォナローラが火あぶりの刑に処せられた場所でもある。

ミケランジェロのダビデ像が置かれていたが、現在置かれているものはレプリカ。

フィレンツェ歴史地区のヴェッキオ橋(ポンテ・ヴェッキオ)

フィレンツェの街を流れるアルノ川に架かるヴェッキオ橋(ポンテ・ヴェッキオ)は、

フィレンツェ最古の橋のため「ヴェッキオ(古い)橋」の名前がつきました。

当初、橋の上には肉屋や青果店などが並んでいましたが、

現在では宝飾品を扱う店があり多くの観光客で賑わっていています。

フィレンツェ歴史地区のウフィツィ美術館

近代式の美術館としてヨーロッパ最古といわれる。

建物はもともと、ジョルジョ・ヴァザーリの設計で1560年に着工し、

1580年に完成したフィレンツェ共和国政府の政庁舎だった。

したがって、ウフィツィ(Office)の名がつけられた。

もともと、メディチ家の収集した美術品を保管するため最上階が改装された。

メディチ家が、1737年に断絶された後も美術品は残され一般に公開されるようになった。

ウフィツィ美術館の中心には、トリブーナと呼ばれる真珠貝が散りばめられたドーム空間が広がっている。

もっとも広い部屋は、ボッティチェッリの間とも呼ばれ、

サンドロ・ボッティチェッリの作の『ヴィーナスの誕生』が飾られている。

またメディチ家の結婚祝としてボッティチェッリが描いた『春』も所蔵されている。

年間を通して混み合うため、滞在日数が限られている場合は、予約がお勧め。

またフィレンツェカードを利用すると、専用の入り口から並ばず入場もできます。

フィレンツェ歴史地区のピッティ宮殿

アルノ川の南岸に建つピッティ宮殿は、16世紀半ばにメディチ家が購入し、

歴代トスカーナ大公の居館となった。

その後、数回の改築を経て18世紀ごろに現在の形となる。

現在は、2つの美術館と5つの博物館になり、ヴェッキオ宮殿からウフィツィ美術館とは、

ヴァザーリの回廊で結ばれている。

フィレンツェ歴史地区のボーボリ庭園

ピッティ宮殿の背後に広がる。

コジモ1世が、肺結核の妻の療養のために16世紀半ば造営したといわれている。

広さは45,000m²。

フィレンツェ歴史地区のサンタ・マリア・ノヴェッラ教会

ドミニコ会の修道僧が設計し、14世紀後半に完成したゴシック様式の聖堂である。

建物正面は、15世紀半ばにレオン・バッティスタ・アルベルティによる改装を受け、現在の姿になる。

ゴシック様式および初期ルネサンス様式で描かれたフレスコ画は特に有名。

内部には現在まで続く世界最古の薬局「サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局」がある。

また、レオナルド・ダ・ビンチが3年間暮らし、モナリザの製作を行った場所としても有名。

サンタ・マリア・ノヴェッラ教会は元々9世紀ごろからここにあった

サンタ・マリア・ヴィーニ礼拝堂を起源としています。

フィレンツェ歴史地区のサンタ・クローチェ聖堂

14世紀後半に完成したゴシック様式の聖堂。

建築家アルノルフォ・ディ・カンビオの設計である。

世界最大のフランシスコ会の教会。

堂内には、ミケランジェロやガリレオ、作曲家のロッシーニなどの

著名なイタリア人の墓が多数あることでも知られている。

言い伝えによれば、サンタ・クローチェ聖堂はアッシジのフランチェスコ自身によって建てられました。

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂から南東800mのところにあり、

元々は市の城壁の外側にある湿地帯でした。

フィレンツェ歴史地区のカルミネ教会

内部のブランカッチ礼拝堂のフレスコ画は一見の価値あり。

フィレンツェ歴史地区へのアクセス

空路では、ピサにあるガリレオ・ガリレイ国際空港が実質的な玄関口となっています。

フィレンツェ郊外にも空港は存在するのですが、大型便の発着ができないため、

海外からの観光客は多くがピサを経由してきます。

ピサからフィレンツェまでは、電車1本で行くことができます。

所要時間も1時間から1時間半程度

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