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謎多き古代の空中都市?マチュ・ピチュ歴史保護区(ペルー)

投稿日:2016年7月1日 更新日:

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マチュ・ピチュ歴史保護区の概要

マチュ・ピチュの歴史保護区は、ペルーのクスコ県にあるマチュ・ピチュ遺跡と、

その周辺を対象とするUNESCOの世界遺産リスト登録物件である。

マチュ・ピチュ遺跡はインカ帝国時代の遺跡の中では保存状態がきわめて良く、

それに加えて周辺の自然環境は優れた景観の中に絶滅危惧種・危急種をはじめとする重要な

動物相・植物相を含んでいることから、1983年に複合遺産として登録された。

標高は2,795mで富士山の山頂よりもちょっと低いくらい。

マチュ・ピチュには「空中都市」「空中の楼閣」といった異名も与えられ、

多くの人々の関心を集めてきました。

謎めいた遺跡というものは、得も言われぬ魅力を持っているものです。

2007年には、全世界からの投票によって「新・世界七不思議」のひとつに選ばれています。

マチュ・ピチュ歴史保護区の発見

マチュ・ピチュの都市遺跡の発見は1911年のことであった。

かつてインカ帝国がスペインに攻略された際に、莫大な財宝が運び込まれたとされる

伝説の都ビルカバンバを探していたアメリカの歴史学者ハイラム・ビンガムは、

地元の少年を案内役に雇い、クスコ北西約70 km 付近のウルバンバ川流域を調査した折、

急峻な斜面を登った場所でこれを発見した

マチュ・ピチュ歴史保護区が出来た年代

建設された年代は石段の組み方などをもとに1450年ころと見積もられており、

人が住んでいたのはそれからおよそ1世紀の間だったとされている。

マチュ・ピチュ歴史保護区はなぜ作られた?

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文字の記録がないため、この都市の建設目的は諸説あるが、

現在では、第9代皇帝パチャクテクの時代に離宮や宗教施設として建設されたと考えられている。

「王族や貴族の避暑地」であったり「神殿としての役割が強かった」というのが今の通説です。

かつては人口1万人規模とするものもあったが、現在では否定されており、

ペルー文化庁の専門家たちには、常住人口500人と見積もっている。

マチュ・ピチュ歴史保護区のチケットは予約必須!

マチュ・ピチュ周辺は、ペルーでも有数の観光スポットです。

世界中から観光客が訪れ、2006年には年間訪問者数が約70万人にも達しました。

これは1日あたり1500~2000人になる計算で、貴重な遺跡や自然を保護するには多すぎます。

また、安全性の面でも管理しきれない人数でした。

そこで、2011年からは入場チケットの当日販売が廃止され、事前予約が必要となりました。

当日に急に思い立って訪問しても入場することはできませんので、

出発前にしっかりと予約をしておくことを忘れてはいけません。

マチュ・ピチュ歴史保護区は下からは見えない!

この都市は山麓のウルバンバ川から見上げても見ることはできず、南以外の三方は断崖になっている。

そのため、都市が放棄されたあと、1911年にビンガムが発見するまでほとんど知られることがなく、

他のインカ都市と異なり、スペイン人による破壊や略奪を受けることなく良好な状態で残った。

マチュ・ピチュ歴史保護区のインティワタナ

「太陽をつなぎとめる場所」という意味を持つ。

マチュ・ピチュの都市遺跡で最も高い場所に置かれた花崗岩(高さ1.8m)で、

四隅と四方が対応するように据えられている。

インティワタナはインカ帝国の大都市に見られた太陽の観測にかかわる石である。

マチュ・ピチュ歴史保護区の主神殿

主神殿はマチュ・ピチュの中でもいちばん重要な神殿と言われており、

壁には17個のニッチ(飾り棚のような意匠)が設けられており、

ミイラが置かれたとも言われていますが真相は不明です。

「3つの窓の神殿」に隣接し、広場に面している。

実は、ハイラム・ビンガムによって発見される前に、

すでに現地の人がここを見つけていたようです。

主神殿にいたずら書きが残されているそうです

マチュ・ピチュ歴史保護区の3つの窓の神殿

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その名のとおり、三方を囲む壁のうち、東側の壁には台形の窓が3つ並んでいる。

両端には閉じられた窓が2つあります。

命名者はビンガムで、彼はその窓は初代皇帝マンコ・カパックの伝説に関連する

窓ではないかと推測しそう呼んだ。この推測は現在では否定されている。

マチュ・ピチュ歴史保護区の大塔

「太陽の神殿」とも呼ばれ、その異名が示すように、

クスコにあった「太陽の神殿」との類似性が指摘されている。

曲線を石組みで表す高い技術を用いて造られています。

直線的な石組みの建物が多い中で、非常に特徴があります。

窓が二つあり、東の窓は冬至の朝、南の窓は夏至の朝に太陽が正確に差し込むといわれています。

そのため、暦に関する建築物だったのではないかとも考えられています

大塔の下にはミイラを安置する陵墓として機能したらしい洞窟があるが、

ビンガムが推測したような王家の墓だったのかの確証はない。

マチュ・ピチュ歴史保護区の王女の宮殿

大塔の隣にある外階段を持つ2階建ての構造物で、インカ建築としては珍しくない様式だが、

マチュ・ピチュではほかに見られない。

マチュ・ピチュ歴史保護区のコンドルの神殿

コンドルをかたどった大きな平石がある神殿で、

自然の石の上に人工の石組みを積み上げたもので、

翼を広げたコンドルのように見えることからそう呼ばれています。

背後の2つの巨石部分の構造物には、牢獄として機能したとされる半地下の空間がある。

マチュ・ピチュ歴史保護区のアンデネス(段々畑)

南東部の比較的日照が期待できる区画には、アンデネスという石壁で区切られた段々畑が広がる。

耕作されていたのはトウモロコシ、ジャガイモ、コカなどとされる。

畑の土の中からはキヌア、アボカド、豆類の花粉も見つかっている。

マチュ・ピチュ歴史保護区のワイナ・ピチュ(若い山)

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マチュピチュ遺跡の背後にあるこの山には山頂まで遺跡があり、登ることもできますが、

普通のツアーだと登れる時間はありません。

かなり険しい道だそうです。

見るだけで想像はつきますが。

マチュ・ピチュ歴史保護区の自然環境

マチュ・ピチュ歴史保護区に該当する地域は非常に広範囲にわたっています。

おまけにアンデス山麓にあるマチュ・ピチュの周辺は山ばかりですから、

保護区内での標高差も必然的に大きくなります。

最低地点で1,725メートル、最高地点で6,271メートルと、実に4,500メートルもの幅があります。

そのため生態系も複雑で、アンデスの特色とアマゾンの特色とが混在しています。

また、マチュ・ピチュの発見までは地元の人間以外がろくに足を踏み入れることもない地帯でした。

マチュ・ピチュ歴史保護区の動物

マチュ・ピチュの歴史保護区には、たくさんの絶滅危惧種や危急種が生息しています。

哺乳類でいえば、アンデスネコ、ジャガーネコ、メガネグマ。

シカの仲間であるヒッポカメルス・アンティセンシスやマザマ・クニュイといった

この地方特有の危急種も見られます。

鳥類ではさらに希少種が多く、2001年の調査では400種以上もの貴重な種が確認されています。

絶滅寸前といわれるロイヤルカマドドリや絶滅危惧種のマミジロエナガカマドドリ、

タカネカラタイランチョウ、危急種のハシナガシギダチョウなどが生息しています。

マチュ・ピチュ歴史保護区のアクセス

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マチュ・ピチュは山麓にある遺跡なので、アクセスの利便性は高くありません。

ペルーの首都リマへ行き、乗り継ぎでクスコへ。空路で一時間、陸路だと20時間以上かかります。

クスコのサン・ペドロ駅から終点アグアス・カリエンテス駅まで電車で約4時間。

下車後マチュピチュ入り口までバスで約30分。

繁忙期には売り切れやすいため、往復分をまとめて購入しておくように。

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