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謎が謎を呼ぶ高度な古代文明!モヘンジョダロの考古遺跡(パキスタン)

投稿日:2016年7月3日 更新日:

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モヘンジョダロの概要

モヘンジョ=ダロは、インダス文明最大級の都市遺跡。

紀元前2500年から紀元前1800年にかけ繁栄し、最大で4万人近くが居住していたと推測される。

しかしその後短期間で衰退した。原因としてさまざまな説があげられたが、

近年の研究では大規模な洪水で衰退したと考えられている。

1980年、「モヘンジョダロの考古遺跡」の名でユネスコ世界遺産の文化遺産に登録された。

モヘンジョ=ダロの発見

1921年、インダス川の下流に大きな仏塔の一部が大地からのぞいているのが発見された。

それは、2世紀前後の大僧院の一部であろうとの予測のもとに発掘が開始された。

ところが、掘り進むにつれてその遺跡は単なる僧院などではなく、

巨大な古代都市の遺跡であることが明らかとなった。

モヘンジョダロの街並み

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堅固な城塞、整然とした碁盤目状の街路、完備された排水設備、

見上げるばかりの穀物倉、広大な沐浴場、それらは何千年も前に、

緻密な都市計画のもとに建設された周囲5キロにもおよぶ巨大都市だった。

モヘンジョダロの正式名称は謎のまま?

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モヘンジョ=ダロは現地の言葉で「死の丘」を意味し、歴史学者が探索するまでは、

非常に古い時代の死者が眠る墳丘として地元民は恐れて近よらない禁忌の領域だった。

この都市の本来の呼び名は、インダス文字が解読されていないため、ヒントすらない。

モヘンジョダロの暮らしは豊かだった?

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モヘンジョ・ダロから出土した先住民の踊り子の銅像

モヘンジョ・ダロからは、日常生活に使ったと思われる土器、人物や動物をかたどった土偶、

交易の際に使ったと思われる印章、ビーズなどの精巧な装飾品などが見つかっています。

これらの産物はメソポタミア地方やペルシャ湾岸地域との交流が活発だったことを意味している。

モヘンジョダロはこれだけの古代都市だったにも拘わらず、権力や身分の差はほとんど

なかったと思われ、戦の痕跡さえない。

モヘンジョダロの住人は平和主義者だったんですね。

モヘンジョダロは突然滅亡した?

紀元前2500年から紀元前1800年にかけて繁栄したモヘンジョダロだが、

きわめて短期間のうちに滅亡の時を迎えたと考えられており憶測が絶えない。

近年では大規模な洪水によって一気に衰退した説が有力。

モヘンジョダロに残るおびただしい人骨の謎

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モヘンジョダロの発掘が進むにつれ、説明のつかない多くの謎が見つかる。

その一つに、路上や井戸端など遺跡のあちこちに見られる脈絡のない人骨の山。

うつ伏せだったり仰向けにだったり不自然な状態で絶命していた。

見つかった白骨46体は突然死が襲い、そのうち9体は高温で加熱された跡が残っていた。

ある遺体の頭骨には、長さ15センチにもおよぶ斬り傷があった。

象牙職人の一家らしい9体の遺体に関しては、5体までもが子供であり、

この中には首を斬り落とされたような格好でうずくまっていた子供もあった。

このことから、凄まじい惨劇がこの一家を襲ったとの説もある。

モヘンジョ=ダロの遺跡の下にまた遺跡がある?!

現在も、モヘンジョダロの最下層がどこまで存在しているのか解明されていません。

その理由は、数メートル掘っただけで塩分を含んだ地下水が吹き出して来る悪条件な為です。

一度アメリカの調査隊が、廃水ポンプを使い発掘に乗り出したが、

遺跡の下の遺跡はどこまでも続いており、どこまで発掘すれば最下層の遺跡にたどり着くのか

見当すらつかなかったという。

モヘンジョ・ダロは、何千年もの時の流れの中で、生活圏が廃虚になるとその上に更に

遺跡が覆うということを繰り返しているようで遺跡が重なっていったのである。

この古代都市の起原は、紀元前4千年か5千年ほどと推測され、

それが証明されると世界最古の文明ということになります。

モヘンジョ=ダロは高度な文明をもっていた?

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モヘンジョ・ダロの想像図

モヘンジョ・ダロの遺跡は7層からなっており古い時代から順に積み上げられているのだが、

上の層は下の完全なコピーである。

つまりこの都市はインダス平原に出現した時点で完璧な都市計画に沿って建設されている。

これは常識では理解しがたい事で、発掘にあたった考古学者のジョン・マーシャルは

「まるでさらに数千年も前の誰も知らない社会から伝えられたもののようだ」といった。

彼は原始社会からこの都市を作れる文明を築くには数千年かかる、といっている。

実際その都市の作りは古代のものとは到底思えない。

当時他の文明で使われていた原始的な日干しレンガとは違い、

モヘンジョ・ダロの都市の住宅材には高い技術の窯焼きレンガを石膏モルタルで固定した後

アスファルトで覆い、さらにレンガを重ねて耐水構造にするという高度な技術を使用していた。

モヘンジョ=ダロは古代戦争に巻き込まれた?

調査に当たったロシアの科学者が人骨群の一部から通常の50倍に上る放射能を検出し、

更に町の壁からは過去に異常な量の熱を一瞬にして浴びたような形跡、

そして多量のガラス片(瞬間的な高熱を浴び、溶解した状態のまま固形化した物質)が発見されたため、

まるで核爆発が行われたような異様な雰囲気を発しているそうだ。

しかし同地域には火山もないため、そうした町を一瞬で焼き尽くす程の高熱が

一体何によって作られたのか、謎は深まるばかりである。

また発見された人骨群は炭素年代測定法によって紀元前2500年頃のものであると判明したが、

万が一放射能を浴びていた場合、それは確実に判別結果に影響を及ぼす為、

おそらくはもっと古いものであると考える事もできるだろう。

そして更に、インドのボンベイ付近からは大量のクレーター跡も発見されている。

最大のものは直径凡そ2.1kmに上るもので、年代は凡そ5万年前に遡るという。

しかし奇妙な事に同クレーター付近からは原因となるべき隕石自体は一切発見されず、

巨大なクレーターのみがそこに残っているのだ。

モヘンジョ=ダロは神話のモデル?

古代インドの2大叙事詩「マハーバーラタ」、「ラーマーヤナ」に描かれる神々の戦争のシーンに、

まるで核兵器であるかのような強烈な光と熱を放つ大量破壊兵器(アグネアの矢)が登場する。

さらに聖書の創世記では神の怒りに触れた町「ソドム」と「ゴモラ」が一瞬にして灰と化すシーンもある。

これらの文献に残された核戦争のようなシーンはもしかしたらモヘンジョ=ダロなのかも?

モヘンジョ=ダロの滅亡はツングースカ大爆発のせい?

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1908年6月30日朝7時、ロシア・シベリアのツングースカ川上空で巨大な火の玉が爆発し、

周辺に広がる無人の森を約2,150平方キロメートルにわたって破壊した。

ツングースカ大爆発では隕石自体は小型だったが、衝突前のエアバーストの威力が

大きかったことで予想以上の被害になったということが100年の歳月を経て2013年に証明されました。

ツングースカ大爆発をもたらした隕石は、ある角度で大気圏に突入した時に分裂したため、

完全な状態で地表に到達した破片はほとんどなかったので原因の究明は困難を極めたようです。

モヘンジョダロの急な滅亡もこのツングースカ大爆発のようなことがあった

と考える説も有力であるようです。

モヘンジョ=ダロ遺跡は温暖化で危機?

地球温暖化による気候変動のせいで豪雨が降り、また、モヘンジョダロ周辺に水が引かれ、

地下水位が上昇し、その水分でモヘンジョダロの遺跡が風化が進んでいる。

モヘンジョダロの地下にはさらに以前の遺跡が眠っていることがわかっているが、

世界最古の可能性もあるこの未知の遺跡は未知のまま消えてしまうかもしれない。

現在の発掘技術ではこれ以上掘ることができないそうだ。

モヘンジョダロの展望台「ストゥーパ」

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モヘンジョダロ発見のきかっけとなったストゥーパ(高さ15m)は、滅んで埋もれた

インダス文明の遺跡の上に作られた2~3世紀頃の仏教遺跡だ。

このストゥーパの存在によって、発見当時モヘンジョダロは仏教遺跡だと信じられていた。

モヘンジョ=ダロの市街地区

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整然と区画整理された市街地は道路や上下水道が計画的に整備されていた。

建物から流れ出る細い下水道は外で大きな下水道につながり、詰まることがないよう工夫され

汚水が目に触れることがないよう石で蓋がされている。

風呂だけでなく水洗トイレもあり、平屋、二階建て、大小の住宅が並ぶ住宅地エリアもある。

なかには比較的保存状態が良く、屋根こそないものの壁が残り内部の様子を見学できるところも。

モヘンジョ=ダロの沐浴場跡

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清潔だったらしいモヘンジョダロの住民たちは、各家に風呂が設置されているほか、

共同浴場、そして大きな沐浴場も造られていた。

細かいレンガをきっちりと組んだところへタールを塗りこんで防水措置を施し、

底は緩やかな傾斜をつけて排水しやすい構造となっている。

周囲には集会に使われた広場や建造物、穀物の貯蔵倉庫などがあり、

政治の中心となっていたのではないかと考えられている。

モヘンジョ=ダロののっぽな井戸

世界遺産

モヘンジョダロは何層もの遺跡が重なり合っているという特徴を持つ。

そのため、現在目に移る景色の中には、数千年の間に造られた建造物が混在している。

可思議な例としては、見上げるほどの高さを持つ井戸がある。

のっぽな井戸とその周囲の住宅跡や道路との間には数世紀の年代差があり、

この井戸が造られた当時、これらの家や道路は砂や土の下に埋もれていた。

モヘンジョ=ダロのアクセス

カラチからサッカルまで空路を利用。

サッカルからチャータータクシーを利用して約1時間半程度。

カラチの旅行会社であらかじめ往復航空券とチャータータクシーの予約をする方法がある。

モヘンジョ=ダロの隣町ラルカナまで鉄道もあるが、治安があまりよくない。

復路はモヘンジョ=ダロ空港からカラチまでの直行便がある。

モヘンジョ=ダロ周辺は治安の悪さに注意

モヘンジョ=ダロから見てインダス川の対岸にも遺跡が多く存在するが、

こちらの方はアクセスも難しい上、 ダコイト(武装集団、野盗)が多く非常に危険。

以前はモヘンジョダロの宿舎に宿泊もできたが、職員が夜には全員引き上げる。

治安を考えるとカラチから日帰りで行くべき。

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