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スペインの巡礼路とも姉妹道!紀伊山地の霊場と参詣道(和歌山・奈良・三重)

投稿日:2016年7月4日 更新日:

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紀伊山地の霊場と参詣道の概要

紀伊山地の霊場と参詣道は、和歌山県・奈良県・三重県にまたがる3つの霊場

(吉野・大峰、熊野三山、高野山)と参詣道(熊野参詣道、大峯奥駈道、高野山町石道)を

登録対象とする世界遺産で2004年7月7日に登録された。

紀伊山地は太平洋に張り出した紀伊半島の大部分を指し、

標高1,000~2,000m級の山脈が東西あるいは南北に走り、

年間3,000mmを超える豊かな雨水が深い森林を育む山岳地帯である。

残された石畳から、当時の宗教文化の様子を伺い知ることができます。

紀伊山地の霊場と参詣道とスペイン世界遺産は姉妹道!

道が世界遺産として登録されることはめずらしく、全世界で見ても2つしかありません。

もう一つはスペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」です。

世界遺産として登録された「道」の先例であるサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路のある

スペインガリシア州と和歌山県とは両古道の姉妹道提携を締結しています。

紀伊山地の霊場と参詣道の歴史と成り立ち

紀伊山地は、神話の時代から神々が鎮まる特別な地域と考えられていた。

また、仏教も深い森林に覆われたこれらの山々を阿弥陀仏や

観音菩薩の「浄土」に見立て、仏が持つような能力を習得するための修行の場とした。

その結果、 紀伊山地には、起源や内容を異にする「熊野三山」、「高野山」、

「吉野・大峯」の三つの霊場とそこに至る「参詣道」が生まれ、

日本の宗教・文化の発展と交流に大きな影響を及ぼしました。

紀伊山地の建造物や遺跡は、日本独自の信仰形態の特質を表す顕著な例であり、

山岳地帯に残る修行場や神聖性の高い自然物は、信仰に関する独自の文化的景観を形成している。

紀伊山地の霊場と参詣道とインドの交流

2013年、和歌山県とインド・マハラシュトラ州は観光及び農産品の相互経済関係の

促進・拡大を目的とした覚書を締結しました。

翌年、観光分野でのさらなる提携を目的に互いの世界遺産を広報することや

世界遺産の保全に係る技術交流を進めていくことになりました。

その一環として、展示空間でお互いの世界遺産を紹介するパネルが展示されています。

紀伊山地の霊場と参詣道の文化的景観

「文化的景観」というのは、自然と人間の営みが長い時間をかけて形成した風景のことで、

信仰の対象とされてきた山々や森、棚田やブドウ畑、庭園や公園が世界遺産に登録されています。

『紀伊山地の霊場と参詣道』は、「山岳信仰の霊場と山岳修行道」なのです。

紀伊山地の霊場と参詣道の神仏習合の文化

明治維新政府の神仏習合を禁止する神仏分離令(神仏判然令)をきっかけに、

全国各地で廃仏毀釈運動がおこり、寺院や仏具が破壊された。

さらに、1906年に施行された「神社合祀令」によって全国で5万もの神社がつぶされ、

熊野でも神社の森が伐採されるという危機に瀕した。

この危機に対し、和歌山県出身の博物学者・南方熊楠(みなみかたくまぐす)は、

「神社をつぶすということは自然と人間社会を破壊するもの」と反対、

那智大滝の原生林や樹齢500年をこえる熊野古道の杉木立はそうした運動により守られた。

紀伊山地の霊場と参詣道の熊野三山(くまのさんざん)

熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の総称、参詣道で結ばれている。

それぞれ自然崇拝を起源とする独自の信仰をもっていたが、

互いの主祭神を併せ祀るようになり、一体化して熊野三山と呼ばれるようになった。

紀伊山地の南東部にあり、相互に20~40kmの距離を隔てて位置す

る「熊野本宮大社」、「熊野速玉大社」、「熊野那智大社」の三つの神社と

「青岸渡寺」及び「補陀洛山寺」の二つの寺院からなっています。

三つの神社はもともと個別に自然崇拝の起源を持っていたと考えられます。

10世紀後半は他の二社の主祭神を相互に合祀するようになり、

以来「熊野三山」あるいは「熊野三所権現」と呼ばれ、多くの皇族・貴族の崇敬を集めるようになりました。

「青岸渡寺」及び「補陀洛山寺」は、「熊野那智大社」と一体となって発展してきた寺院で、

神仏習合の形態をよく保っているものです。

熊野三山の熊野古道

熊野三山を相互に結んでいる5本の参詣道と熊野古道です。

紀伊田辺から東へ山中を分け入り三山を結ぶ「中辺路(なかへち)」は、

険しい道程に点在する王子という社跡が見もの!

紀伊半島の海岸線を辿って進むのは「大辺路」です。

「小辺路」は標高1000m以上の峠を3つ越える道のりを行きましょう。

そこには周辺の山々を見渡す絶景があります。

伊勢参りの後熊野へ向かう巡礼路として江戸時代から庶民に親しまれた「伊勢路」と、

最も険しい「大峯奥駈道」もあります。

熊野三山の中心、熊野本宮大社

全国に3000社以上ある熊野神社の総本宮「熊野本宮大社」が熊野詣の中心にあります。

木々に囲まれた鳥居の横に、熊野の神の使いである八咫烏(やたがらす)の巨大な旗。

鳥居をくぐると、白い奉納幟が両側にずらりと並ぶ石段が。

「天地を結ぶ白神」と称される日本三大名滝のひとつ、那智の滝をご神体とする

「熊野那智大社」は467段におよぶ石段の上に建っています。

社殿の姿は見えず、石段を上るごとに参拝への期待が高まります。

登りきると目の前に3棟をなす社殿が現れ、中央に鎮座する本社の重厚な存在感。

熊野古道の中でも貴重な、中世のまま残る石畳が残る「馬越峠」は、

尾鷲ヒノキの美林の中に苔むした石畳が続いています。

大社から約10分の場所にある、大鳥居と深い杉林に守られた

旧社地「大斎原(おおいのはら)」も訪れましょう。

大社の周辺には川湯温泉や湯の峰温泉など温泉地が多いので、ゆっくり滞在するのがおすすめ。

熊野速玉神社

熊野川の河口近くに鎮座する大社境内をメインに、背後の「権現山」や

熊野川に浮かぶ「御船島」、「御旅所」も含む神社。

こちらの境内にある建築物は軒並み朱塗りが施されており、目にも鮮やかです。

晴れた日には社殿の朱と木々の緑、空の青のコントラストがこの上なく美しい景観は美しい。

社殿以外にも、1200点以上の宝物を収める「神宝館」や、推定樹齢800年以上とされる

天然記念物のナギの神木など見どころ豊富です。

また、神倉山へ足を延ばせば、山中で天に突き出すような巨石「ゴトビキ岩」もあります。

原生林と滝に守られた熊野那智大社

熊野那智大社は、那智山の中腹で数々の名瀑と深い原生林に囲まれています。

ただ、一番の見どころは那智大滝。

約133mの高さから切り立った岩肌を落下する名瀑は、国指定名勝です。

“日本名水百選”と“音のある風景百選”にも選ばれてます。

境内にある「大滝遠望」から滝と原生林を、

近隣の「青岸渡寺」からは朱塗りの三重塔と滝を眺めましょう。

7月14日には「那智の火祭り」と称される祭事が催され、たくさんの扇を飾った神輿と

大松明が登場し迫力満点の祭りがあります。

紀伊山地の霊場と参詣道の吉野大峰(よしのおおみね)

験道の聖地とされる霊場。

紀伊山地の最北部にあり、三霊場の中で最も北に位置しています。

農耕に不可欠の水を支配する山あるいは金などの鉱物資源を産出する山として崇められた

「金峯山」を中心とする「吉野」の地域と、その南に連続する山岳修行の場である

「大峯」の地域からなっています。

大峰山脈北部に位置する吉野山を中心とする地域と山脈に沿って南に25km進んだ

大峰山周辺地域からなり、両地域を結ぶ参詣道は大峰奥駆道として修験道の修行の場です。

修験道の中心的聖地として発展し、10世紀の中頃には日本第一の霊山として

中国にもその名が伝わるほどの崇敬を集めるようになりました。

蔵王堂のある金峯山寺は修験道の根本道場で、近くには後醍醐天皇が行幸した吉水神社もあります。

春の桜でその名を知られた吉野山は、高野山とともに熊野古道の終着点の一つになっています。

7世紀末に修験道の開祖・役行者が蔵王堂を開基したとされ、修験道とゆかりが深い山です。

長い期間にわたって美しい春の桜花景色が楽しめ、秋の紅葉風景も美しい。

日本中から多くの修験者が訪れ、「吉野・大峯」を規範として、

全国各地に山岳霊場が形成されていきました。

ヒーリングのつぼ湯

熊野詣の湯垢離場だった湯の峰温泉の伝説の湯です。

小栗判官蘇生の湯と伝わり、日に7回色を変えることもあるという不思議な湯。

少し坂道を登ったところに、つぼ湯で病を治した小栗が力だめしに持ち上げたという

逸話のある小栗判官の力石があります。

紀伊山地の霊場と参詣道の高野山(こうやさん)

弘法大師・空海によって816年に開かれた真言密教の聖地。

1200年の信仰の歴史を秘めた山上宗教都市で、今もなお117の寺院が密集している。

「吉野・大峯」の西南西約30kmに位置し、空海が唐からもたらした真言密教の

山岳修行道場として816年に創建した「金剛峯寺」を中心とする霊場です。

「金剛峯寺」の伽藍は、真言密教の教義に基づき本堂と多宝塔を組み合わせた独特のもので、

全国の真言宗寺院における伽藍の規範となっています。

また、「丹生都比売神社」の祭神は、高野山一体の地主神で、空海にこの地を譲った神と伝えられ、

「金剛峯寺」の鎮守として祀られたものです。

高野山町石道

今からおよそ1200年前に弘法大師が開いた高野山金剛峯寺へと続く参詣道、それが高野山町石道です。

山裾に佇む「慈尊院」から石段を進み、「丹生官省符(にうかんしょうふ)神社」で

登山の安全を祈願しましょう。

そこからは山道が急になるが、里山の自然や異なる形の石を積んだ町石に見守られて歩く。

道中には見晴らし良好な展望台などの休憩スポットもあります。

六本杉の峠を真っ直ぐ下ると、町石道の見どころ「丹生都比売(にうつひめ)神社」へ。

国の重要文化財である楼門や朱塗りの本殿は、重厚で見応え十分です。

高野山の奥の院

高野山の二大聖地の一つであり、弘法大師が入定した場所である「奥の院」は、ぜひ参拝してください。

まず一の橋を渡ると背の高い杉林がお出迎え!

林が深まるにつれ路傍に置かれた五輪塔も数を増し、辺りはスピリチュアルな雰囲気に包まれる。

20万基とも30万基ともいわれる五輪塔が連なる約2kmの道のりを行きましょう。

おのずと神聖な気持ちになってきます。高野山には数多く宿坊があるので、

滞在して精進料理や写経体験とともに霊場観光を満喫するのがおすすめ。

南海鉄道高野線の極楽橋駅より高野山までケーブルを利用すればアクセスも楽々です。

紀伊山地の霊場と参詣道の参詣道(さんけいみち)

三霊場に対する信仰が盛んになるにつれて形成され、整備された

「大峯奥駈道」、「熊野参詣道」、「高野山町石道」と呼ばれる三つの道です。

これらの道は、人々が下界から神仏の宿る浄域に近づくための修行の場であり、

険しく清浄な自然環境のなかに今日まで良好な状態で遺り、

沿道の山岳・森林と一体となった文化的景観を形成しています。

「大峯奥駈道」は、「吉野・大峯」と「熊野三山」の二大霊場を結ぶ山岳道で、

修験道の最も重要な修行の場です。

「熊野参詣道」は、「熊野三山」に参詣する道で、京都方面からの参詣のために

最も頻繁に使われた「中辺路」、「高野山」との間を結ぶ「小辺路」、

紀伊半島の南部の海沿いを行く「大辺路」、伊勢神宮との間を結ぶ「伊勢路」からなっています。

「高野山町石道」は、一町ごとに町石と呼ばれる石製道標が立つ道で、

高野山下の慈尊院から高野山奥院にかけて空海が開設した参詣道です。

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