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沖縄の歴史とドラマを感じる、首里城跡など、琉球王国のグスク及び関連遺産群(沖縄)

投稿日:2016年7月4日 更新日:

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琉球王国のグスク及び関連遺産の概要

琉球王国のグスク及び関連遺産群は、沖縄本島南部を中心に点在するグスクなどの琉球王国

の史跡群から構成されるユネスコの世界遺産である。

2000年に日本で11件目の世界遺産として登録された。

琉球王国が数世紀もの間、東南アジア、中国、朝鮮半島、日本と経済的、

文化的交流の中心地となり、その文化を発展させてきたことがうかがえます。

“グスク”とは“城”を表す沖縄の言葉ですが、世界遺産には琉球の信仰における

聖域“御嶽(うたき)”や、琉球王朝の陵墓、庭園も含まれています。

琉球王国のグスク及び関連遺産の歴史

14世紀中頃には三王国が分立していましたが、15世紀前半にこれらを統一して琉球王国が成立しました。

中国・朝鮮・日本・東南アジア諸国との広域の交易を経済的な基盤とし、

当時の日本の文化とは異なった国際色豊かな独特の文化が形成されました。

その特色を如実に反映している文化遺産が城(グスク)です。

今帰仁城・座喜味城・勝連城・中城城は、いずれも三国鼎立期から琉球王国成立期にかけて

築かれた城であり、首里城は琉球王がその居所と統治機関を設置するために築いたものです。

琉球王国のグスク及び関連遺産のグスク時代

沖縄でグスク時代といえば、貝塚時代が終り12世紀が過ぎると農耕社会が始まります。

この時代がグスク時代と呼ばれるものです。

琉球各地の豪族はお互いが覇者としての権力を得ようと争っていました。

そうしていくうちに、沖縄本土を軸として大きな豪族の勢力が作られていきました。

そして各地の豪族達は、自分たちの勢力の維持と戦いに備えて城塞を築きました。

これがグスクのはじまりです。

琉球王国のグスクは全てが城ではなく御嶽(うたき)でもある

グスクとは、 古琉球(ぐすく)時代の遺跡のことで、一般的には城(しろ)と訳されている。

しかし、グスクの領域は全てが城ではなく、御嶽(うたき=聖地)の領域として拝所があり、

多くの参拝者が訪れていた。

グスクの城壁は、琉球石灰岩を互いに削りながら曲線を描くように積まれていて、

地形にそった美しい曲線を描いており、本土の城に見られるような直線ではない。

琉球王国のグスク及び関連遺産の三山時代

沖縄では、13世紀ごろから城(ぐすく)を構えていた按司(あじ=武将)を束ねる強力な王が現れ、

14世紀には3つの国(南部の南山、中部の中山、北部の北山)が並立する時代(三山時代)になった。

その後、中山の尚氏が1416年に北山を、1429年に南山を統一した。

琉球王国のグスク及び関連遺産の琉球王国とは

琉球といえば沖縄のことですが、1429年の琉球王国の成立から、

沖縄県となって琉球処分が行われるまでの450年に渡り、

日本をはじめ、中国や東南アジア諸国との外交と交易によって繁栄し、

平和で満ち足りた王国を築いてきました。

1609年に琉球王国は薩摩藩の支配下に置かれ、

明治12年に沖縄県となり、琉球処分がなされました。

琉球王国のグスク及び関連遺産は戦争でほとんど焼失

グスクの建造物は戦争ですべて焼失。

首里城跡の建造物群も戦後に再建されたもので、世界遺産には登録されていない。

戦争で焼失する以前は、1700年代に建てられた正殿などがあり、国宝に指定されていた。

したがって世界遺産に登録されているのは、城壁の遺構、建物の基壇などの地下遺構だけ。

琉球王国のグスク及び関連遺産の首里城跡(しゅりじょうあと)

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首里城は琉球王国の国王の居城。

那覇港を眼下にした丘陵上に地形を巧みに利用して築城されたグスクです。

三山鼎立時には中山国王の居城で、1429年に琉球王国が成立した後は、

1879年まで琉球王国の居城として王国の政治・経済・文化の中心的役割を果たしました。

これまでの発掘調査などの成果から、14世紀中葉から後半の築城であることが判明しています。

正殿は琉球独特の宮殿建築で、戦前は国宝に指定されていましたが、

第二次世界大戦で焼失し、平成4年に復元されました。

正殿前の御庭は、冊封をはじめとした国の重要な儀式が行われた場所です。

首里城でのイベント

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首里城跡は国営沖縄記念公園に含まれ、年間を通して様々なイベントが開催されています。

1月は「新春の宴」や「百人御物参」など、11月に「琉球王朝絵巻行列」

毎週水、金、土、日曜、祝日には、下之御庭で琉球舞踊の演舞があり、

毎日日没から24時までは、城郭及び外観施設でライトアップも実施されています。

アクセス:那覇空港から車で約30分

琉球王国のグスク及び関連遺産の今帰仁城跡(なきじんじょうあと)

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北山国王の居城。

標高100メートルの古期石灰岩丘陵に築かれた三山鼎立時の北山王統の居城です。

築城は13世紀末頃に始まり、14世紀前半~15世紀初期にほぼ現在の形に整備されたとされます。

グスクは6つの郭から成り、総長1500メートルにも及ぶ城壁は、

地形を巧みに利用しながら野面積みで屏風状に築かれています。

城内には、琉球の神話と関係の深いグスクの守護神を祀った御嶽があります。

難攻不落の城(グスク)でしたが、部下の謀反などもあり、

1416年に首里城を拠点とする中山軍によって滅ぼされました。

落城後は、王府から派遣された北山監守の居城となり、監守制度は1665年まで続きました。

今帰仁城跡はカンヒザクラの名所でもあります。

今帰仁城跡でのイベント

1月下旬~2月上旬にかけて「今帰仁グスク桜まつり」で盛り上がり、

日本一早い桜まつりとして多くの人でにぎわいます。

アクセス:那覇空港から車で約1時間40分

琉球王国のグスク及び関連遺産の座喜味城跡(ざきみじょうあと)

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15世紀初期に築城家の護佐丸によって築かれた。

中山軍の今帰仁城攻略に参加した有力按司の護佐丸によって15世紀前期に築かれたグスクです。

国王の居城である首里城と緊密な連携を図るという防衛上の必要性から、

首里城より眺望可能な丘陵上に立地し、北山が滅びた後も

旧北山勢力を監視するという役目を担っていました。

グスクは、2つの郭からなり、城壁は琉球石灰岩を用いて屏風状に築かれています。

追手門と内郭の石造拱門は、現存する沖縄最古のアーチ門の一つと称されています。

グスク内に建物遺構やグスクの守護神などを祀った拝所があります。

座喜味城跡は高台にあることで夕日が絶景であることが有名です。

アクセス:那覇空港から車で約1時

琉球王国のグスク及び関連遺産の勝連城跡(かつれんじょうあと)

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勝連城跡は、地元のヒーロー阿麻和利(あまわり)が居城した城。

また、元旦の日の出スポットとしても人気を集めています。

琉球王国の王権の安定過程で最後まで国王に抵抗した有力按司である阿麻和利の居城です。

築城は13~14世紀、眺望のきく北から西、南側は断崖を利用して築城されています。

城主の阿麻和利は、1458年に中城城の護佐丸を滅ぼした後、王権奪取を目指して

国王の居城である首里城を攻めますが、逆に滅ぼされました。

城内には建物跡、「火の神」を祀った聖域のほか、最上段には玉ノミウヂ御嶽という

円柱状に加工された霊石があり、信仰の対象となっています。

アクセス:那覇空港から車で約1時

琉球王国のグスク及び関連遺産の中城城跡(なかぐすくじょうあと)

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14世紀後半頃に中城按司により築き上げた。

勝連城主である阿麻和利を牽制するために、王命によって座喜味城から移ってきた

護佐丸が15世紀中期に整備した城(グスク)です。

琉球王国の王権が安定化していく過程で重要な役割を果たした当グスクは6つの郭からなり、

県内でも城壁が良く残る城(グスク)の一つです。

城壁は琉球石灰岩を使用し、地形を巧みに利用しながら曲線状に築かれ、

櫓門や石造拱門の城門があります。

1853年に来琉したアメリカのペリー艦隊の探検隊がその築城技術を

高く評価したことが文献や絵画に残されています。

今帰仁城跡、座喜味城跡、中城城跡のすべてに共通するのは、

城主・護佐丸が歴任したグスクであるということ。

護佐丸は出世街道まっしぐらでしたが、最期は阿麻和利に破れ中城城で散りました。

中城城跡でのイベント

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中城城跡では冬に満開となるツワブキ祭りが行なわれる。

最近のユニークイベントは、中城城跡でのプロジェクションマッピング。

人気アーティストによるライブや夜間のライトアップといったイベントも催されているようです。

アクセス:那覇空港から車で約40分

琉球王国のグスク及び関連遺産の園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)

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尚真によって1519年に創建された石造の門です。

日本、中国の両様式を取り入れた琉球独特の石造建物で、木製の門扉以外は

全て木造建物を模した石造となっています。

この石門も第二次世界対大戦で破壊されましたが、昭和30~32年に保存修理されました。

門背後の樹林地が御嶽と呼ばれる聖域で、国王が国内を巡幸する際の安全や、

「御新下り」の儀式をするために斎場御嶽へ出かける際の祈願を行った場所でした。

現在でもこの御嶽には多くの人が参拝に訪れています。

アクセス:那覇空港から車で約30分

琉球王国のグスク及び関連遺産の玉陵(たまうどぅん)

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1501年頃に尚真王が父尚円王の遺骨を改葬するために築かれた。

国王が祖先崇拝信仰を国内統治に利用するために、墓を造ったと推測されています。

前面にレリーフが施された高欄がめぐり、墓室は三室に分かれ、

中室には洗骨前の遺骸、東室には洗骨後の王と王妃を安置、

西室は王族などを納骨するなど各室ごとに機能が異なっています。

墓庭は、ほぼ中央部で東西に二分され、清めのためのサンゴ片が敷かれています。

16世紀初頭の琉球地方において確立された独自の石造建物の意匠を示す貴重な事例です。

アクセス:那覇空港から車で約30分

琉球王国のグスク及び関連遺産の識名園(しきなえん)

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琉球王家最大の庭園つきの別邸として1799年に築庭されました。

王家別邸の庭園王族の保養の場としてだけなく、中国皇帝の使者である

冊封使(さっぽうし)をおもてなしする場所に利用され、国の外交面において重要な役割を果たしました。

庭の地割には日本庭園の影響が、池の小島に架かる石橋や六角堂と称される建物の

意匠には中国の影響が見られますが、全体的には琉球独自の構成をしています。

池の水源である育徳泉には、冊封正使・趙文楷の筆になる二つの石碑が建っています。

第二次世界大戦で甚大な被害を被りましたが、綿密な保存修理により平成8年度に甦りました。

アクセス:那覇空港から車で約25分

琉球王国のグスク及び関連遺産の斎場御嶽(せーふぁうたき)

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斎場御嶽は、琉球神話の神・アマミキヨが始めに造った7つの御嶽(うたき)の一つとして、

琉球王朝時代には最高の聖地でした。

国の神女の即位式などの儀式や祈祷が行なわれた場所で、

男子禁制の聖地とされ、国王でさえもみだりに入ることが許されなかったそうです。

中央集権的な王権を信仰面、精神面から支える国家的な祭祀の場として

重要な役割を果たしただけでなく、琉球の開閥神「アマミク」が創設した御嶽の一つといわれています。

御嶽の創設年は判然としませんが記録によると、15世紀前半には国王がこの御嶽に巡幸しています。

御嶽内は、様々な形状をした奇岩や樹林地となっており、神々しい雰囲気が醸し出していて、

大庫理、寄満、三庫理、チョウノハナという拝所があります。

同様の名称が首里城正殿内に存在することから、王権と深い関わりがあったようです。

戦前までは、男子禁制であった聖地ですが、現在では老若男女問わず、

多くの人が参拝に訪れています。

琉球地方に確立された独自の自然観に基づく信仰形態を表す顕著な事例です。

アクセス:那覇空港から車で約45分

琉球王国のグスク及び関連遺産の中村家住宅

フクギと石垣に囲まれた赤瓦屋根の農家の屋敷。

日本建築と沖縄の住居建築の特色を併せ持った建築で、

母屋のほかに蔵や家畜小屋など昔のままのたたずまいが保存されている。

かつての沖縄を今に伝えるこの住居で昔の暮らしを体感しよう。

琉球王国のグスク及び関連遺産周辺のおすすめスポット

その他の観光スポットも合わせて巡るなら、

北部なら「美ら海水族館」や「ナゴパイナップルパーク」と今帰仁城跡の組み合わせ。

中部ならば、「むら咲むら」や「ビオスの丘」と、座喜味城跡、中城城跡、勝連城跡を組み合わせ。

南部であれば、「ひめゆり平和祈念資料館」や「おきなわワールド」と斎場御嶽、

首里城跡を組み合わせるコースがおすすめ。

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